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イギリス史や英語英文学に関連する本を中心に、古い本から新しい本まで、いろいろ紹介します。
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2012/02/19 (Sun)
The Coxford Singlish Dictionary (Singapore: Angsana Books, 2002)

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大分古い本を扱ってきた前回までとはうって変わって、今回取り上げるのは、まだ新刊でも売っているThe Coxford Singlish Dictionary。このタイトルは、もちろん、英語辞典の最高峰、Oxford English Dictionary のもじり。漫画的な表紙の絵に、偽物くさいタイトルがついていて、何やら楽しそうな雰囲気だ。
 
Singlishというのは、Singaporean English のつづまった(あるいは両語がブレンドされた)もので、シンガポールで使われている英語のこと。英語は(マレー語、タミル語、中国語と並び)シンガポールの公用語のうちの一つであるが、シンガポールで使われる英語には、大まかに言って二種類ある。一方は、多少の訛りや癖はあるにしろ、発音から語彙、文法まで、イギリス(やアメリカ)での標準に準じた英語。もう一方は、シンガポールの民衆の間で発達した英語で、標準からは大分ずれるところのある英語である。ここで言うSinglishというのは、このうちの特に後者のことである。
 
今回紹介する本は、このようなSinglishの辞書で、Singlishに独特な語句の意味や用法が、例文と共にまとめられている。150ページ足らずの簡単なものだが、独特な語彙がそれぞれどこから来たものなのかということも多くの場合書いてある。以前、授業でSinglishによる文章を扱った時に、この辞書を引いてみたが、載っていない語句も少なからずあったので、恐らくこの種の独特な語彙はまだまだ沢山あり、あるいは日々増えていってもいるのだろう。
 
Singlishを多くの人が使い、これが相当程度定着するのを見て危機感を覚えた Goh Chok Tong首相(当時)は、2000年に、「良い英語を話そう運動」(Speak Good English Movement)を始め、国際的に通用しないSinglishの使用を制限し、標準的な英語を使うことを奨励し始めた(この運動は現在でも続いている。ホームページ:http://www.goodenglish.org.sg/)。
 
何かを抑圧しようとすると、必ず反作用として、これに反発する動きが出てくるもので、「良い英語を話そう運動」が始まると、これに対抗し、Singlishをシンガポールの人々のアイデンティティの一部と捉え、この使用を促進しようとする運動も始まった。Singlishを使って詩や小説を書いたり、映画を作ったり、ラジオ放送をしたり、様々なイベントを行ったりと、こちらもかなり活発に運動が行われているようである。
 
この運動の中心となっているのは、その時々のシンガポールのニュース等について、時に皮肉っぽく、時にユーモラスに、いろいろな人が書き込みをするインターネットサイトTalkingCock.com である。表紙の左上に書いてあるように、本書もこのサイトによって作られたものであり、Singlishの使用を促進し、またこれを記録・保存するためもので、抑圧的な運動への反発の一つの現れであると言える。

例えば、本書のSinglishによる序文には、
 
I think our Prime Minister Mr Goh Chok Tong not happy you all go and give publicity to Singlish. (p. vii)  
 
とあり、抑圧運動を始めた当時の首相の名前を名指しすることで、彼の始めた運動のことが仄めかされている。また、標準的な英語による「イントロダクション」の中には、次のようにも述べられている。
 
Singlish is to be celebrated as a cultural phenomenon, not buried, as some misguided people have been trying to do. (p. viii)
 
ここには、よりはっきりと、TaklingCock.com や本書の背後にある上記のようなの目的が言い表されている。
 
さて、Singlishについてはこれで良いとして、Coxfordというのは一体何なのか? もちろんOxfordをもじったものだが、なぜCoxfordなのか? 表紙の絵や、既に紹介したインターネットサイトの名前などと合わせて考えると、これは Cock「雄鶏」 + Oxford から成るものと考えられる。
 
インターネットサイトの名前に使われているtalking cock とは、Singlishで talking nonsense の意のフレーズだそうで、上記のインターネットサイトの名前は、「(政治等のニュースについて)取りとめなくいろいろ話をする場所」というような意味合いなのだろう。そのインターネットサイトが中心となって作った辞書なので、権威ある辞書を出版しているOxford (大学出版局)とかけて Coxford となったというわけである。
 
しかし、Coxford という造語の背後には、これに加えてもう一つの意味合いもあるようだ。つまり、この造語は、Cockney「コクニー」をも意識したものらしい。コクニーとは、ロンドンの下町言葉で、教養層が用いる標準的な英語と比べて、発音から語彙まで大分異なるところがある英語である。有名なところでは、『マイ・フェア・レディ』のイライザの言葉がこれである(コクニーや『マイ・フェア・レディ』と関連して、ホームページ内の H dropping のページも参照)。
 
本書の「イントロダクション」には、Singlishとコクニーとの類似点について、以下のように述べられている。
 
There is a conscious art in Singlish - a level of ingenious and humourous wordplay, ... that is equalled only perhaps by Cockney rhyming slang. (p. viii)

そして、以下のように Cockney を引き合いに出しながら、Singlish の使用を擁護している。
 
After all, if Londoners can speak Cockney and Liverpudlians Scouse, why shouldn't we be able to speak Singlish? (p. ix)
 
偽物くさいタイトルは、その偽物くささ故にユーモラスでもあるが、それと同時にSinglishの独特な表現に基づき、この辞書を作った人達の集まるインターネットサイトの名前にもちなみ、さらには、彼らの主張をも踏まえたものとなっており、そう考えると、非常によく出来たタイトルのように思えてくる。



 
 
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唐澤一友
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中世英語英文学や英語史を専門とし、駒澤大学文学部で教えています。さらに詳しくは、ホームページをご覧ください。
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